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埼玉県権現堂堤「幸手あじさいまつり」へ日帰りドライブの旅🚙都心から近いおすすめスポットです!

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埼玉県幸手市(さってし)は、関東平野のほぼ中央にあり、埼玉県内では東部地域の北寄りに位置します。

東京都心からの距離は約50kmの所にあります。

江戸時代から日光御成街道と日光街道(奥州街道)の合流点に位置する宿場町として栄えていました。

幸手市の権現堂堤は、関東地方でも有数の桜の名所です。

この時期には、毎年「あじさいまつり」が開催され、100種16,000株の紫陽花が、権現堂堤を色づかせていました。

都心からも近い、「幸手のあじさいまつり」は、おすすめのスポットです。

 

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「幸手のあじさいまつり」

あじさいまつりの写真

基本情報・アクセス

【開催期間】
2017年6月1日(木)~7月2日(日)
※開花の状況により期間の変更があり。

【開催場所】
県営権現堂公園(幸手市権現堂堤)

【入園料】
無料

【駐車場】
無料
・利用時間:8時30分~19時(4月~9月)

幸手市観光協会公式サイト

アクセス
●電車
東武日光線幸手駅より 朝日バス「五霞町役場」行きバスに乗車。「権現堂」下車。(片道 180円)
路線バスの本数が1時間に1本程度。

●車
幸手市は、国道4号線沿い。
高速道路利用の場合、
「圏央道 幸手IC」が市の中心部。
「東北自動車道 久喜IC」から幸手市中心部までは約20分。

 

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権現堂堤

権現堂堤とは

関東地方有数の桜の名所
中川の堤防上約1kmにわたって、約1000本の桜並木が続く。
桜はソメイヨシノで、4月上旬が見ごろ。
桜の開花と同時期に堤下に広がるアブラナも咲くため、ピンクと黄色のコントラストが美しい。
100種約16,000株のアジサイや、約100万本の曼珠沙華(ヒガンバナ)が堤に植えられている。
社団法人日本観光協会主催平成19年度の「花の観光地づくり大賞」において「フラワーツーリズム賞」を受賞。

地名の由来

♠「権現堂」という地名の由来は、江戸時代後期に幕府が編さんした地誌「新編武蔵風土記稿」に記されている。
♠村の中に、「熊野権現社」「若宮権現社」「白山権現社」という三つの神社を一緒にまつった旧い神社があったので、「権現堂村」という名になった。

歴史

♦江戸時代天正年間に利根川の支流(現在は分流)である権現堂川の堤防として築かれたもの
♦かつては6kmにわたり約3000本の桜があり、大正時代から桜の名所として賑わっていた。
♦1876年(明治9年)に明治天皇が東北巡幸の際に立寄ったことから、行幸(みゆき)堤とも呼ばれるようになった。
♦現在の日光街道(現国道4号)の栗橋交差点(国道125号との交差点)付近から中川に架かる行幸橋にかけての築堤は、かつての行幸堤の名残で一部の地図にはその旨が書かれている事がある。
♦1920年(大正9年)に桜を植え替える運動は既に始まっていたが、利根川や江戸川の流路変更に伴い、権現堂川は明治時代の終わりに締め切られ、1933年(昭和8年)に廃川となる。そのため、堤防は荒れ果て、堤防の桜は終戦前後の混乱や燃料にするために、その多くが伐採されてしまった。
♦1949年(昭和24年)、旧権現堂川堤防のうち中川の堤防として残った部分へ改めてソメイヨシノを植樹したものが現在の権現堂堤である。
♦1988年(昭和63年)には周辺の休耕田にアブラナが、1996年(平成8年)には堤の一部にアジサイが植えられた。
♦2000年(平成12年)には、堤の東半分にヒガンバナ(曼珠沙華)が、2003年(平成15年)には堤の一部にスイセンが植えられた。
♦2008年(平成20年)、権現堂調節池(行幸湖)と合わせ、埼玉県営権現堂公園として整備された。

幸手宿

♦幸手宿(さってじゅく)は、江戸時代に整備された宿駅であり日光街道・奥州街道の江戸・日本橋から6番目、そして日光御成道の6番目の宿場町である。
♦下総国葛飾郡または猿島郡(万治年間以降所属替えにより武蔵国葛飾郡)に所属する。現埼玉県幸手市に相当する。

 

 

幸手宿の位置

♠幸手宿は現在の埼玉県幸手市中部から北部にかけての旧街道筋付近に位置し、南北900メートル程度の範囲で広がっていた。
♠江戸・日本橋から数えて6番目の日光街道および奥州街道の宿駅(宿場町)。
♠江戸(日本橋)から幸手宿の距離は12里であった。
♠幸手宿前(旧上高野村)にて日光街道と日光御成道が合流していることから、日光御成道の6番目の宿駅であった。
♠江戸時代になると、幸手一帯は江戸幕府直轄の天領となった。
♠幸手宿は日光道中・奥州道中と日光御成道との合流点、さらに筑波道が分岐する宿場町となった。

和宮下向

文久元年(1861年)に、和宮(和宮親子内親王)下向時には助合が命じられ、幸手宿を含む日光道中の3ヶ宿、中山道の桶川宿は人足のほか膳椀・夜着などを差し出している。

宿駅

幸手宿は、近世前期より江戸幕府直轄の天領で、宿内は右馬之助(うまのすけ)町 ・久喜町・中町・荒宿の4町および枝郷の牛村であった。天保14年(1843年)「宿村大概帳」によると本陣1軒、脇本陣なし、旅籠27軒、人馬継問屋場は1ヵ所、高札場一ヵ所あった。問屋場への勤めは「問屋場勤向書上帳」によると久喜町・仲町・荒宿・右馬之助町で一日交替であったという。高2095石6升、当時の人口は3,937人、家数962軒であった。

権現堂河岸

権現堂河岸は、幸手宿の東北14町30間の権現堂村の権現堂川沿いに設置された河岸場で、「幸手宿に集散する物資や年貢米の移出入港の機能を果していた」。江戸時代前期、伊奈氏を中心とした利根川東遷事業が行われ、権現堂川、江戸川が整備された。新田開発による米作の増大と相まって、これらの川を利用した江戸との間を結ぶ舟運が発展した。

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ライター紹介

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私は、旅大好き・冒険大好きな超アクティブおばちゃんです。
「発見・出会い・刺激」を求めて、全国どこにでも飛んで行きます。
基本はきままな一人旅。時には旅友と一緒に女子旅に出かけたり。
旅に出る方も、また、なかなか出かけられない方も、このブログで一緒に旅を楽しんでいただけたら嬉しいです。

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